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ブログ移設のご報告です。

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# by shinta-30 | 2009-09-08 02:14 | お知らせ  

大阪城(続き)

大阪城ネタの続きです。
ガチャガチャの写真はこれです。
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でた!坂本龍馬ピンズ(通称ピンバッジ)!
幕末の商品ならとりあえず坂本龍馬と書いておけば、当たるだろうという安易なネーミング^^
それに加えて、大阪城で坂本龍馬のピンズが地域限定とは意味不明。。。

まあそれはさておき、坂本龍馬の関係者が参加させてもらっている様子。木戸、西郷、そして中岡。

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この中岡さん、実際の写真より少し女性的に描かれていますね。女優の岡田奈々さんに似てますよ。

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出た!同志!薩長同盟に共に奔走したという意味で、同志でしょうか。
薩長同盟以外のことで同志という部分がそれほどないんですが。。。
それだけでなく、突っ込みどころ満載のこのガチャガチャ。
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3つそろえて薩長同盟締結??ん??えーかげんにしなさい!^^

と愚痴をいっても仕方ないので、200円投入。2回トライしましたが、「中岡さん、今回はあきらめます」。
「同志とかいうバッジならいらないし。。。」などと負け惜しみを言いながら大阪城を後にしたのでした。

で、戦利品はこれです↓
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まあ、桂小五郎好きだし、いいかと。。。

# by shinta-30 | 2009-08-02 13:45 | 歴史一般  

大阪城

前回の続きです。
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大阪城です。豊臣家の象徴でもあり、幕末には徳川慶喜が江戸から追われ、この城に入城していましたが、鳥羽伏見の戦いの時、ここから逃げた(?)ことでも有名です^^
その大きさは相当なもので、伊達政宗が秀吉に呼ばれてここへ来た際、あまりの大きさと煌びやかさに、「こんな城を築いた豊臣家とは戦っても勝負にならない」とまで思わせた城です。

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何度も焼失し、徳川時代にも、昭和に入ってからも再築されています。
外国人観光客も多かったです。ここに限らず、案外お城は外国の方に人気ですね。

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天守閣から南に向かって大阪平野が開けています。背中側(北側)は淀川が流れていて、天然の要塞となっています。大阪夏の陣でも城の南で大きな戦いが繰り広げられました。

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天守閣内は資料館のようになっており、一階ごとに展示があります。写真は夏の陣の際の真田幸村隊です。


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天守閣から裏手(北側)に回り、城壁の隅のほうに秀吉の側室、淀の慰霊碑がひっそりとあります。

ちなみに淀の母は、美人で有名なお市。信長の妹で浅井長政の妻。その後信長が浅井と同盟を組んでいた朝倉家を攻めたことで、浅井と信長が対立、戦いに負けた浅井長政は自害。お市はその後、柴田勝家に嫁ぐも、秀吉と勝家が対立し、敗れた勝家は自害します。お市も夫とともに自害しました。
秀吉はこのお市が好きで好きでたまらなかったのですが、お市は「あんな猿みたいな顔した人はいや」と秀吉を毛嫌いしていたようです。そのお市の娘が茶々(後の淀)、初、江与の3人です。母からは嫌われていた秀吉ですが、せめてもと(かどうか分かりませんが)、その娘の茶々を側室にしたのでした。


さて、そんなこんなで天守閣を後にし、広場を散策していると、「ガチャガチャ」を発見。200円入れてレバーを回すとカプセルが出てくるやつです。近づいて見てみると。。。おおっ!!
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次回へ続く。。。
引っ張るほどのものか?^^

# by shinta-30 | 2009-07-28 23:35 | 歴史一般  

真田幸村終焉の地 安居神社

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大阪は天王寺逢坂にある安居神社に行ってきました(といっても今年の5月のことです)。
ここは大阪夏の陣のおり、豊臣方の武将真田幸村(幸村は通称、正式な名は信繁)の終焉の地です。
豊臣家の滅亡を謀り、徳川方が大阪城に攻め込もうとしたのが「大阪冬の陣」。その次の年の「夏の陣」です。
この夏の陣で真田幸村は徳川軍勢を迎え撃つため、大阪城を出て、今の天王寺の辺りまで南下します。先に出陣していた後藤又兵衛が真田隊の到着を待たずに、徳川軍に攻め込み、やがて敗北。後藤は闘死。真田幸村は家康の本陣まで突き進み、一説には家康を討ち取ったとも言われるほどの戦いをします。
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しかし大軍勢の徳川軍の前に、撤退を余儀なくされ安居神社で休息中のところを徳川軍に見つかり、戦死しました。生存説もあるほど、勇敢な武将として後世に名を残した幸村です。
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しかし残念なことに幸村はこの大阪夏の陣で指揮をとっていたわけではありませんでした。
この人が参謀なりで大阪城内で指揮をとっていれば、徳川方も苦戦を強いられたことでしょう。この辺りが豊臣家の計画性のなさ、でもあります。
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大阪城内にいた秀吉の側室淀と息子の秀頼は徳川方に城を包囲され、炎上する大阪城内で自刃します。聡明な幸村は、この戦は徳川方が勝つことを予測していたかも知れません。

どうでもいい話ですが、秀頼は大阪城から出たことがないくらい、過保護に育てられており、この戦のときも「自分も出陣する」といって馬にまたがったところ、あまりにも太っていたので、馬がひざをガックリとついて、秀頼の足は地面についてしまったとかなんとか。。。。馬が「勘弁してください」といったかどうか?^^

それにしても関が原の戦いが1600年、大阪夏の陣が1615年。この夏の陣の後、豊臣家は崩壊するわけですが、この間15年。徳川家康の長期計画には恐れ入ります。


さて、この後大阪城にも足を運びましたが、続きは次回に。。

# by shinta-30 | 2009-07-22 21:57 | 歴史一般  

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# by shinta-30 | 2009-06-21 19:46 | お知らせ