前回、
ナンバ歩行についてご紹介しました。
今回は、なぜ日本人がナンバ歩行をしていたのか。例を挙げながら考えていきましょう。
・武士の歩き方:右利きの場合、左に刀を差しています。その状態で反対の腕と足を前に出せばどうなるでしょう。刀が(特に腰から後ろの部分が)左右に動いて動いて、狭い路地などでは、柱などにガチャガチャ当たって、とても歩けません。またドラマなどで、武士が急いで走っている場面がありますが、腰を落とし、刀の柄に手をあて、腕を振らずに膝を少し曲げて走っているのを見たことがあると思います。彼らが今の走り方をしたら集団で走れません。刀が隣の人の脇腹にヒットするので。。
・番頭さんや丁稚の歩き方:ドラマでこんな歩き方をみたことはないでしょうか。番頭さんはたいがい前掛けをしています。お店にお客さんが来たとします。番頭さんは奥で帳簿をつけていましたが、お客さんに気づき、立ち上がり、「いらっしゃいまし」と言いながら出てきます。その時番頭さんは前掛けを両手で押さえ、膝を少し曲げすり足状態で出てきます。
次に丁稚の場合。お使いを頼まれた丁稚は風呂敷包みを持って店を出ます。風呂敷包みは胸の前でしっかりと持っています。そしてやや膝を曲げ、すり足で歩いていきます。
このように商人は特に腕を振って歩くことはありません。偉そうに見られては困るからです。商人に限らず現代でもそのような光景はあると思います。例えば応接室にお客さんを案内するときなど。。。
・飛脚の走り方:飛脚がロゴの某宅配会社。今度じっくり飛脚の絵を見てください。左腕と左足が前に出ています。飛脚は文箱というものを肩にかけています。体が揺れると文箱が動いて都合が悪いのです。
歩き方だけでなく、動作においても同じ側の足と腕が出るということがあります。
例えば鍬で畑を耕す時、右で鍬を振り下ろすとすると、右足が前に出ています。餅をつくときも同じです。さらに武士が刀で斬るときも同じです。右利きの武士が刀で斬り下げるときには右足が前にでています。
このように日本人にとってナンバ(歩行)は縄文弥生時代から江戸時代にいたるまで、効率的な体の使い方であったといえます。
何でも中岡慎太郎に関連付けて考えるのは悪い癖ですが。。。
一般的な近江屋事件の解釈で考えてみます。中岡慎太郎が坂本龍馬とともに襲撃された時、まず後頭部を斬られています。
右利きの暗殺者が襖を開けると同時に刀に手をかける。右足を出し部屋に踏み込みながら刀を抜き、抜きざまに向かって左に座っていた中岡の後頭部を左から右へ斬りつける。この後頭部の傷は最終的に致命傷になります。左足を出しながら、右手で抜きざまに斬りつける、というのはまず不可能です。余談ですが、上から斬り下げたとは考えにくいです。近江屋に限らず、当時、家屋の天井は低く、屋内では刀を低く使うのがセオリーです。そして居合いのように一気に仕留める必要があります。やはり居合いの達人、桂準之助が斬り込んだか?うーむ。。話が逸れてきました。
閑話休題
このようにナンバ歩行は、日本人独特の文化とともに日本人の歩き方として培われてきたのです。少なくとも長い距離を歩くときは無駄な動き(体軸内回旋)がない分、ナンバ歩行のほうが疲れにくいです。中岡慎太郎が長州と京を何度も往復するなどあちらこちらを歩き通したのは、彼の強靭な意思と脚力も大きな要因でしょうが、それとともにナンバ歩行をしていたからだ、ともいえるのです。
ちなみになぜナンバと呼ばれたのかは諸説あり、いまだはっきりしません。
ナンバ以外に、日本人の特徴として、歩く時はかかとをつけずに歩く、手を腰にあてて前後に振るような走り方はしていなかったという面白い事実もありますが、そのあたりは次の機会に。